「差別撤廃条約」という言葉はニュースや教科書でよく見かけますが、人種・女性・障害者など複数の条約が存在することはあまり知られていません。
この記事では、差別撤廃条約の種類と違い、それぞれの内容と採択年、日本の批准状況をわかりやすくまとめます。「男女雇用機会均等法との関係は?」「選択議定書ってなに?」といった疑問もあわせて解説します。
差別撤廃条約とは?
差別撤廃条約とは、特定の属性(人種・性別・障害など)を理由とした差別をなくすために、国連が採択した国際条約の総称です。
締約国(条約に加入した国)は、法律の整備や政策の実施を通じて差別をなくす義務を負います。また、国連の委員会に対して定期的に取り組み状況を報告する義務もあります。
条約に違反した場合の直接的な罰則規定はありませんが、国際社会からの勧告や批判を受けることになります。
主な差別撤廃条約の種類と違い
差別撤廃条約には、対象とする差別の種類によっていくつかの条約があります。代表的な3つを比較します。
| 条約名 | 採択年 | 発効年 | 日本の批准 | 締約国数 |
|---|---|---|---|---|
| 人種差別撤廃条約 | 1965年 | 1969年 | 1995年 | 約182カ国 |
| 女子差別撤廃条約 | 1979年 | 1981年 | 1985年 | 約189カ国 |
| 障害者権利条約 | 2006年 | 2008年 | 2014年 | 約185カ国 |
人種差別撤廃条約(1965年採択)
正式名称は「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」。1965年に国連総会で採択され、1969年に発効した、最も歴史の長い差別撤廃条約です。
人種・皮膚の色・民族・国籍などを理由とした差別を禁止し、締約国は差別を禁止する法律の制定や、差別をなくすための政策実施が義務づけられています。
日本は1995年(平成7年)に批准しました。主要先進国の中では批准が遅く、アイヌ民族や在日コリアンなどへの対応が国際社会から指摘されてきました。
女子差別撤廃条約(1979年採択)
正式名称は「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(英語略称:CEDAW)。1979年に国連総会で採択され、1981年に発効しました。
政治・教育・雇用・婚姻など、あらゆる分野での女性差別を禁止しています。締約国は少なくとも4年に1度、取り組み状況を国連委員会に報告する義務があります。
日本は1985年(昭和60年)に批准しました。批准に向けた準備として、男女雇用機会均等法の制定(1985年)や国籍法の改正(1984年)が行われています。
障害者権利条約(2006年採択)
正式名称は「障害者の権利に関する条約」。2006年に国連総会で採択され、2008年に発効した比較的新しい条約です。
身体・精神・知的など、あらゆる障害を持つ人への差別を禁止し、社会への参加(インクルージョン)を促進することを目的としています。
日本は2014年(平成26年)に批准しました。批准に先立ち、障害者基本法の改正(2011年)や障害者差別解消法の制定(2013年)などの国内法整備が行われました。
人種差別撤廃条約の内容・日本への影響
人種差別撤廃条約は全25条で構成されています。主な内容は以下のとおりです。
- 第1条:「人種差別」の定義(人種・皮膚の色・民族・国籍などを理由とした区別・排除・制限・優先)
- 第2条:締約国の差別撤廃義務
- 第4条:人種差別の煽動・宣伝の禁止
- 第5条:教育・雇用・住居など各分野での平等な権利の保障
- 第9条:2年ごとの国連委員会への報告義務
日本では、ヘイトスピーチ解消法(2016年)の制定が条約の趣旨に沿った取り組みとして評価されています。一方、アイヌ民族の権利保障や在日外国人への対応について、国連委員会から繰り返し改善勧告を受けています。
女子差別撤廃条約と男女雇用機会均等法の関係
女子差別撤廃条約と男女雇用機会均等法は、条約が先、国内法が後という関係にあります。
日本が1985年に女子差別撤廃条約を批准するにあたり、雇用分野での差別を禁じる国内法の整備が必要でした。そのため、批准と同年(1985年)に男女雇用機会均等法が制定されています。
つまり、「女子差別撤廃条約への批准に対応するために男女雇用機会均等法ができた」という流れです。条約が日本の国内法の制定を促したといえます。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1979年 | 国連で女子差別撤廃条約を採択 |
| 1980年 | 日本が条約に署名 |
| 1984年 | 国籍法改正(父系主義→父母両系主義) |
| 1985年 | 男女雇用機会均等法制定・女子差別撤廃条約批准 |
選択議定書とは?日本が批准していない理由
1999年に採択された女子差別撤廃条約選択議定書とは、条約本体に追加された補足的な取り決めです。
選択議定書が定める主な制度は2つです。
- 個人通報制度:国内で差別を受けた個人が、国連の女子差別撤廃委員会に直接申し立てができる制度
- 調査制度:委員会が締約国の重大・組織的な違反について独自調査を行える制度
日本は条約本体(1985年批准)には加入していますが、選択議定書は未批准の状態が続いています。
未批准の主な理由としては、「個人通報制度が日本の司法制度と整合しない」「国内の司法手続きを経由せずに国際機関に申し立てられることへの懸念」などが政府側から示されています。市民団体や野党からは早期批准を求める声が上がり続けています。
よくある質問(FAQ)
Q. 差別撤廃条約に違反したらどうなりますか?
A. 直接的な罰則はありませんが、国連委員会から勧告を受け、国際社会での評価が下がります。勧告への対応も義務とされています。
Q. 人種差別撤廃条約を日本が批准したのはいつですか?
A. 1995年(平成7年)です。主要先進国の中では批准が遅く、条約採択(1965年)から30年後の批准となりました。
Q. 女子差別撤廃条約と女性差別撤廃条約、どちらが正しいですか?
A. 日本政府の公式訳は「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」で、略称は「女子差別撤廃条約」です。「女性差別撤廃条約」は通称として広く使われています。どちらも同じ条約を指します。
Q. 男女雇用機会均等法と女子差別撤廃条約はどちらが先にできましたか?
A. 女子差別撤廃条約(1979年採択・1985年日本批准)が先です。男女雇用機会均等法は1985年に、条約批准に合わせて制定されました。
Q. 障害者差別撤廃条約は日本でいつ批准されましたか?
A. 2014年(平成26年)に批准されました。批准に先立ち、障害者基本法の改正(2011年)や障害者差別解消法の制定(2013年)が行われました。
まとめ
- 差別撤廃条約は人種・女性・障害者など複数の条約が存在する
- 人種差別撤廃条約(1965年採択): 日本は1995年批准。ヘイトスピーチ解消法制定など対応
- 女子差別撤廃条約(1979年採択): 日本は1985年批准。男女雇用機会均等法制定の契機に
- 障害者権利条約(2006年採択): 日本は2014年批准。障害者差別解消法制定の契機に
- 女子差別撤廃条約の選択議定書は日本が未批准のままで、批准を求める声が続いている
- 男女雇用機会均等法は女子差別撤廃条約の批准に対応するために制定された


